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靖国問題に関する一論考

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 小泉純一郎首相は17日午前、東京・九段北の靖国神社に参拝した。首相参拝は04年1月1日以来で、通算5回目。首相参拝は中国、韓国など近隣諸国が強く批判しているため対応が注目されたが、「年1回参拝」の公約を優先した。ただ本殿には上がらず、一般参拝客と同様に拝殿の前で手を合わせるなど過去の参拝と異なる形式を取り、私的参拝を強調した。
(後略)


またまた靖国である。
21世紀に入ってからの日本で(ひょっとしたら世界でも)、この神社ほど複雑な政治問題化し、様々な見解を提示された宗教施設もないだろう。
まず最初に私見を述べるが、内閣総理大臣が靖国神社という宗教施設を訪問するということについては、何ら問題がないと考える。むろん「何ら問題ない」ということと「参拝すべきだ」はイコールではない。
中韓との外交問題になっているではないか、という意見が当然ある。どちらでもいいと考えているのであれば友好善隣のために参拝に否と言うべきではないか、とも。
これは的外れというより真逆である。外交問題になったからこそ簡単にやめるわけにはいかないのが、今の小泉純一郎の立場ではないか。今回の参拝など、嫌々とまでは言わないがお義理以上のものではなかった。むろん8/15を8/13に前倒しした2001年の参拝から、この点については同様である。
この点、中国は若干外交が下手になったか?と思わぬではない。中国が本気で、靖国への首相参拝を止めることにプライオリティをおいているのであれば、公式な抗議などすべきではなかった。いつものように非公式なルートから「中南海の意向」を永田町に伝えれば話は済んだであろう。かつて中曽根が、「趙紫陽の政治的立場を守るために」中国の抗議に頭を垂れて公式参拝を一度でやめたことがあったが、あれは例外中の例外と捉えるべきである。




日清日露から先の大戦に至るまでの日本の戦争(靖国には幕末の殉難者や戊辰戦争、西南戦争の戦死者も祀られているが、これは事実上の内戦であるから別である)を、全肯定するわけではない。だが全否定することもできない。当時の日本には当時の日本なりの理屈があり正義があっただろう、と思う。
彼らを否定することができない以上、彼らを顕彰ないし慰霊する施設は必要であろうし、靖国神社がその役割を果たしているのであれば、その存在を私は支持する。

さてその上で靖国問題について、国内外の論調を整理してみると、まったく様々な意見があることにあらためて驚かされる。
A.現行の靖国神社の存在を是とし、首相の参拝も是とする
B.現行の靖国神社の存在を是とし、首相の参拝は非とする
C.現行の靖国神社の存在自体を非とする


とまあ、大別して三種である。
このうち、Aに限っても
 a.死ねばみな仏(またはカミ)という、日本的な死生観に沿ったものである
  (A,B,C各級戦犯であれ、死んだ時点で無罪となる)
 b.東京裁判をはじめとする戦勝国による各裁判は不当なものである
  (彼らを法務死=殉難者とした靖国神社の見解は正しい)
 c.外国からの干渉で靖国神社のあり方を変えたり、参拝をやめるわけにいかない
  (内政干渉を公然と認めることになる)
このようにさらに分類されるであろうし、Bもさらに二種類の理屈に分けることが出来る。
 d.諸外国への配慮により、首相は参拝はすべきでない
 e.政教分離の原則から、首相は参拝すべきでない
むろんこれらは、国会議員は~と論ずる者もあれば、閣僚級は、と論ずる者もある。
さらにCに至っては、
 f.A級戦犯を分祀すべきである
 g.戦犯と判定された刑死者・獄死者は分祀すべきである
 h.靖国神社自体が違憲的な施設であるからして抹消すべきである
 i.靖国神社は残してもよいが代替施設を創り、慰霊は後者で行うべきである
 j.軍人の慰霊施設自体必要ない

……といったところであろうか。
もちろん上記10分類は、私が思いつくままに書きつづったものであり、決してこれだけではなかろう。上記10分類あるいはそれ以上が複雑に絡み合いながら、さらに無数の言論を形作り、一つの意見は一つの同じくらい有力な反論を生み出すといったかたちで、問題は際限なく複雑になってゆく…というのが靖国問題の現状であるように思える。

まったくきわめて厄介な問題ではある。
このように政治的記号にまで貶められた靖国神社関係者とそこに祀られる戦没者、さらには遺族の方々には同情を禁じ得ない。

私の意見としては、f.g.(戦犯分祀)は一見現実的だが、政治的手法としても法的にもあまりにも問題が多い。政治による宗教への不当な介入という事態は、この問題においてもっとも避けねばならない。
といっても、A級戦犯合祀以来、外務省や官邸から再分祀の非公式のオファーが靖国神社に対して幾度かあったのは事実である。特に近年、代替施設というものの存在が政治課題にのぼってからは、福田官房長官(当時)自身がこれを認めている。だが靖国神社はこれらを拒否した。それ以上の干渉は確かに不当な介入とされるであろう。
h.j.に至っては何をか況やであり、唯物論者の妄言と切り捨てて差し支えないと思う。
ということで、i.の代替施設こそ、靖国を否定するという方向でこの問題を解決するための最善策ということになるのだろうが、果たしてそれは靖国神社と何が違うのかという話になる。またそこにB,C級戦犯として刑死した人々を祀るか否か、支那方面軍への参加者は入るのか否か、末端の兵士といえども南京攻囲戦に参加した人々を祀ることに中国は反発しないのか。外交問題が発端なのだから、中国が納得する形でなければ代替施設をつくる意味自体がないだろう。

ならばいっそ、靖国神社の宗教法人格を取り消し、靖国神社自体を国立施設にしてしまってはどうか。国内的には、一国を代表する慰霊施設が、法的には一宗教法人に過ぎないという歪な構造が、靖国における様々な問題の源泉になっている。
これは国家による靖国の再神聖化であり、憲法違反ではないか、という批判は当然あるだろう。だが一方で、これにより国家が、つまり日本国民が、靖国の生殺与奪の権限を握ることにもなる。また宗教法人格を持たない集団の行う行為は、日本の国内法においては宗教行為ではなく、したがって政教分離原則にも反しない、と強弁することも可能だ。
靖国神社は防衛庁か宮内庁かの隷下に属す。その上で戦犯を分祀すべし、先の大戦における正義を主張するべからずという閣議決定なり国会決議なりが出たらそれに従わねばならない。

靖国神社のあり方に懐疑的な、あるいははっきりと否定的な方々は、靖国神社を千鳥ヶ淵と同様の国家施設にするよう運動してみてはいかがか。靖国が国家護持の施設として公認されることは靖国神社自身の、また遺族会の宿願でもある。あなた方がそのように運動したらきっと叶うことだろう。そしてその後の靖国が現状のまま続くのか、廃止とまでいかずとも歴史観・戦争観をドラスティックに転換することになるのかは、それこそ有権者次第ということになろう。

私は靖国に関しては、様々な問題をはらみつつも、現状で良しとしている。
対中韓の外交問題についても、(公的・私的という詭弁はおいといて)自民党の次期総裁が靖国参拝を公約にしない限り、来年以降は確実に沈静化する問題であり、靖国神社も政治的には静穏を取り戻すであろうから。
次期総裁が靖国参拝を続けるということであれば――靖国神社が政治的な具になり続けるのは遺憾ではあるが、それはそれで仕方がない。
もはや靖国問題に関して、カードは日本にあるといって差し支えない。
日中関係が常に蜜月であることなどありえない。より深刻な問題が惹起された際、政府は靖国を取引に使うであろう。対中的には、靖国問題はハンデではなく有力なカードになった。次期首相が、たとえば任期の初年に小泉の路線を踏襲して、あるいはより本格的かつ真摯に参拝を行い、翌年それをやめたとしよう。そのとき中国の指導者の株は大いに騰がる。
首相がたかだか――とあえて言うが――神社を参拝する、しないによって、これだけの対外効果がある。みすみす手放しては損だ、と次代の指導者が思ったとしても責めることはできない。
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by youz | 2005-10-18 00:45 | 宗教
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